Novel

保健室メイツ

 三成はあまり体の強い青年ではなかった。
 したがって戦場における薬師の価値を重んじる。
 丁度、元親は四国にいる頃薬の勉強をしたことがあったので,自然と必要とされた。
「苦しいか」
「そうでもない」
 横になりながら額に水に濡れた手ぬぐいを乗せた三成に、元親は声を掛ける。努めて苦しくなさそうなことを言うけれども、その実三成の息は相当荒く、深刻に苦しいのだろうと察せずにはいられない。
 いくつかの植物を煎じていると,その匂いのするものを俺はいまから飲むのか,などと言うので,仕方あるまい,と答えた。三成は不服そうに向こうを向いた。
 それを好機とばかりに元親は彼の姿を観察する。
 とにかく細い。自分もさほど人のことを言える身分ではないが,三成の細さもなかなかのものだと思う。
 これでこの男は大将になるのだ。
 そもそも,たかが四国とは言えども大名の自分が薬を煎じているのは,考えてみればおかしなものである。けれども,大概の薬師が文字通り彼に関しては匙を投げるのだ。
 このお方は,病を治すために眠ることを知らぬ,と。

 三成に信任されるのは,ひとえに秀吉のおかげだと思う。
 彼が自分を認めてくれたから,いまのところはまだ大切にしようと思われているのだろう。それを単純にありがたいと思う。
 だからといって彼に安易に手を伸ばすわけには行かない。
 彼はそういう,触れられる許容範囲がひどく狭い。心を許すということが不得手なのだろう。島左近,真田幸村,直江兼続,せいぜいそのあたりとしか心を許して付き合う気がないのかもしれない。
 それが元親にとっては不満だった。
 信望されて彼らのように文を交わしたりともに語り明かす仲になりたいのかといえばそうではない。ただ,三成という人間の高慢な美しさを見ていたい。そして時として頼られてもいいかもしれない。
 その感情はひどく,恋しい。

「何故,こちらを見ている」
 背中を向けたまま三成が不意に尋ねた。淀みなく,貴様の様子を見るためだ,三成,と答える。
 彼が薬師として自分を頼りに来るときだけは,たとえ左近であろうとも自分と彼との関係に入り込むことは出来ない。ならばいっそ毒でも含ませてやろうか,思うだけにして思いとどまる。
 何故か,と問われたら引き返す。
 そう簡単に触れられない。まだ心を許されてはいない。頼られても,それは一時的なものだ。彼は自分から,触れには来ない。
 地位があるものであり,秀吉に頼られた武将であり,そして彼にとっては薬も扱える人間である。そうやって彼の心に少しずつ近づくけれども,ある程度から先に踏み込むのはできない。
 彼が触れに来るのを待っているからだ。

 それでも,彼がこちらを見上げるように寝返りを打つ瞬間,期待はする。
 けだるそうな表情を浮かべながら,かたじけない,と蚊の鳴くような声で吐き出す彼を見過ごせない。
 ずれ落ちそうな額の布を取ると,三成の額に置いたときには冷たかったのにもうすでに温もっていた。枕元においてあった冷水に白い布を浸し,よく絞るとまた彼の額に乗せる。
「このようなことをさせてしまってすまない」
「気にするな。俺が好きでやっていることだ」
 そう,彼を窺って自分の方へと近づけるために。
 いま少しだけ彼が自分に近づいてくることを至上の喜びだと感じる。
 いつからかといわれても分からない。若い頃に秀吉と出会い,そしてまた三成とも出会った。想うようになってどれだけ経つかも知らない。たとえそれが一日前であろうとも,出会った瞬間であろうと関係はない。
 ただ自分は彼が触れてくれるのをいまかいまかと待っているだけだ。
 警戒心が解けるのを待って,いったい自分は何をしようとしているのだろうか。少なくとも,真田や直江と自分のしたいことが一致するとは到底思えなかった。
 ただ元親は触れられたいと思う。
 今日も三成の熱は下がらない。
 薬の量が少ないから,と気付かれなければいいと思う。

***

やっちまったい。
07-11-12


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