Novel

内気な気持ちに花束を
- 「そして,お願いだから届いて欲しい」

 学ばないなぁ,とひさしぶりに思った。目の前の彼にしても,自分にしても。
 生徒会長はその権限を最大限に利用し,まさかの保健室立てこもりを敢行している真っ最中だ。表向きは保健教諭と,体育祭の準備の話をしている,ということになっている。無論,そんなものは割と何も言わなくても意図の伝わりあう二人の間には,準備などまともにしなくても元親が上手くやれるとの前提があるのだが。
 要は,理事長夫妻の養子であり,高校に入るに当たってこれ以上その家に迷惑をかけられないと,いまの現代文教諭の家に転がり込んだ三成にとって,左近と何かあった時の逃げ場は思ったよりもないのだ。そこで,理事長夫妻と古くから親交があり,幼いときからずっと三成を知っている元親のところに転がり込んでくる,というわけだ。
 もちろん三成は元親の意図を理解している。つまり,元親はそれはもう左近と三成が好きあうもずっと前から,三成を選んでいた。だけれども,それを分かっていながら元親に手を伸ばす素振りをしつつ,最後に左近のところに戻るのだ。
 つまるところ,自分にとっては実に不毛。
 それでも,やめられない自分は実に未練がましい。
 元親は火のついた煙草を灰皿において,長椅子に座っている三成の様子を伺う。学校に持って来るべき荷物をひとしきり持ってきて,鞄から音楽プレイヤーのイヤホンのコードが見えている。もし朝から喧嘩をしていたのならば,あの鞄の中には当座の着替えも入っているだろう。その意図を汲むのは難しいので,顔をよく見てみる。
 伊達眼鏡の向こうに,ぼんやりと佇む三成の姿は,やはり昔からずっといとおしいものだった。高校二年生になって,そろそろ彼も進路を考えることだろうけれども,ここで自分は彼を手放さざるをえないのだろうとも分かっていた。これ以上彼の未来に関わることができる保証は,さすがにない。
「何を見ているのだ」
「今日,このあとどうするのだ」
 訝しげな顔をされたので,用意してあった問いかけを口にする。聞かれることは分かっていただろうに,聞かれてどう返せばいいのか分からなかったのか,三成はまた黙って俯いた。
 考えなしで彼が自分を頼ってくるのも,あと少しなのかもしれない。
「いつも,済まない」
「気遣いは無用だ。ただ,このまま保健室にずっといるつもりか?」
 彼が謝辞を言えるようになったのは最近だ。一応,元親の想いがあることを前提に,それでも好き勝手をしてくる自分の行動が相応しくないことは自覚しているらしい。もう少し前までは,ただ自暴自棄に膝に跨ってきたり,煙草一本よりも短い距離までくちびるを寄せてきたりするのを,元親が目でセーブしてただけだったのに。
「迷惑を,かけているのだろうか」
「左近にか」
「元親にだ」
 この展開には,さしもの元親も目を見開いた。伊達眼鏡のフレームがゆれる。もしこれで肯定したら,彼は自分以外を選ぶというのだろうか。そもそも選ばれるといっても左近と何かあったときだけ,という身の上のことを思い出して,いっそ可笑しいと元親は思った。
 殆ど吸っていなかったハイライトの先端を灰皿に押し付けて揉み消す。
 そして,いつも三成からのアクションを待っているだけだった自分が,手を出そうとしていることがとかく怖かった。そんなことをしていいのかと,真剣に考えてしまう。だけれども,これは,手を出さずに居られないと思ってしまったのは,それはそれで仕方がないはずだ。
 長椅子の隣に腰掛ける。距離感で言えば,もうとうに三成にとっては逃げるべき距離だ。だけれども三成は引かなかった。乗って来るでもなければ,ただ自分を見ている。手に入れたいと思ったことは一度や二度ではないけれども,いつも三成の本意が分からないところで思いとどまるのだ。
「迷惑だと思ったことなどない。安心しろ」
 三成は,穏やかに笑った。
 その表情はいけない,と元親は思った。思ったところで,ならば彼を手放せるかといえばそれは無理だった。これで勘違いをしない男がいるだろうか,いるはずがない。
「手元が,不安なのだ」
 そんなことを言われなければ。
 結局のところ,手元が不安なのに自分に触れてこないのは,自分に触れても不安が除かれるわけではないからなのだろうと元親は冷静に思った。ならば,無理強いをすることはどうしてもできない。
「花でも,育ててみればどうだ」
 ぽつりと口にしたのは偶然だった。
 しかしこれを言っていたのはほかならぬ左近である。
 先だって会議の時に,多忙を極める時期に意見のぶつかり合う教員同士を見て,左近がそんなことを言ってその場を諌めたことがあった。彼も多忙だから,三成の手元が不安なのだ。だったら,自分にしてやれるのは,自分の手を差し伸べることではなく,その手を温める手段を呈示してやることだ。
(良い大人が,聞いて呆れる)
「花,か」
「大げさなものでなくても良い。あんた達のことだ,部屋にまともな生命らしきものはないだろう。共存することは良いものだ…と,島津が言っていたな」
 島津は体育教師だ。強面で生徒には恐れられているが,その言葉の重みにはいつも元親は感嘆させられる。まあ,単に自分が走らされることのある立場ではないからだが。
「そうすれば,きっと寂しくなくなる」
 言ってしまってから,これでまた三成は元親の元に来なくなるのだろうかとふと思った。思ったけれども,三成が段々と落ち着く場所に落ち着いてきているならば,それを邪魔することが出来ないのが,元親の惚れた弱みだ。
「ここで育ててもいいか」
「は」
 だから,自分のテリトリーから出て行きたいわけではないのか,と尋ねたくなったけれども,逆にまだ三成が元親のテリトリーから出て行かない言い訳を作ってくれるのならば,元親にそれを拒む理由はない。
 こんな風に自分の手元に三成が来ることができるような心境にさせる左近が悪い。他人のせいにしたのは,もちろんいいわけだけれども,元親は,ああ,と肯定の返事を返しておく。
 笑う三成の表情は,やはりどうしても捨て切れそうになかった。

***

元親はこうでなくっちゃね(にこっ)。イケメンですからね(にこっ)。
左近が先生同士の飲み会で濃様あたりとちゅうでもかましたのではないでしょうか。
案外その辺身持ち硬い元親さんだと萌えます。
2008-11-07


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