Novel

人から与えられた自由

 港に降り立つなり真っ先に桂がやったのは自分の頭を掻き抱くことだった。血で固まった髪に桂の指が差し込まれ,痛いとか抜けるとかぼやかさせる暇すら与えてくれない彼の指はそのままするりと後頭部に回る。そのまま桂の胸元に顔を押し付けられる。これがたわわに実った胸でも悪くはなかったけれども,それでも桂でなくてはならないと思えばやはり良いものだ。
「ヅラ,髪」
「相変わらずの天パだな。だから貴様は何時までたってもモテないのだ。それとヅラじゃない桂だ」
「俺のじゃなくて,お前の」
 この際天パに対する雑言は見逃してやろう。彼に押し付けられた頭を強引に上げて,短く襟足にすら満たない髪裾を引く。こんなもの直ぐ生える,と言いながら,桂は小さく笑った。相変わらず失うばかりの世界に立ち向かうことのできない笑顔だった。だからテメェはほっとけないんだよな,と呟く銀時を,桂はやはり笑顔で見ていた。
 辺りには誰もいなかった。大方自分たちが何処にいるかは桂が理解しているはずだろうけれども,それよりも銀時は桂を抱きたかった。湯を浴びたいな,と何食わぬ顔で呟くと,桂が黙って体を離してするりと身を翻した。長い髪がたなびかないのが物足りなく思える。どこ行くの,と尋ねると,この辺にも一箇所隠れ家がある,と桂は答える。果たして彼は自分が誘ったと思っているのだろうか,銀時に誘われてそのまま口にしたのだろうか。それを知りたかったけれども,銀時にもそんな余裕はなかった。

 隠れ家に上がりこむや否や押し倒してきたのは桂のほうだった。
 咎めたてる義理もないけれどもただその桂の様子が純粋に珍しくて,どうしたの,と尋ねようとしたけれども,その隙すら与えられずに桂に唇を吸われる。いつもはいっそ煩わしいほどに掛かってくる長い髪がないのが落ちつかなくて,そういえば10代のときから桂がこんなに髪を短くしたことはなかったと思い出す。
 桂は事を進める間何も口にしなかった。途中で銀時が,俺この固い床の上に背中つけてるまんまなんですけどとごねたときだけ,貴様ならば大丈夫だろうという答えが返ってきた。鍛え続けてはいるお陰で逞しい胸板の上に頬を乗せて呟く桂の声は震えていた。ああもう,幾度手放そうとしてもどうしてこいつから離れられないのかと哀しくなる。
 途中でたまらなくなって上下をひっくり返してやろうとした時になって初めて桂は抵抗した。今日は上でなければ嫌だ,と噛み付いてくるような口付けの中で言う声が上ずっていて,思わず銀時は桂のわき腹をなで上げた。
「白夜叉を支配するのは,俺だけだ」
 そんな分かりきったことを改めて口にする桂が,多分愛しい。
「当たり前だろ」
 そこからはもう何も言わずにただひたすら彼を責め立てる。触れる体のすべてがすいつくように甘く湿っていて,そういえばここしばらくどれほど彼に翻弄されたのだろうかと考えた。趣味の悪いあの刀に斬られて,そういえばなんであんなに調子を崩したのかと思えばそれも桂に異変があったせいだっけ。
「まったく,困らせるだけ困らせてくれやがって,なぁ」
 銀時の太ももの上に跨って,慣れた仕草で腰を落とし体に銀時自身をうずめていく桂は,そうやって銀時が自分のせいで感情を動かしたことを聞かされて,先ほどとは違う笑みを浮かべた。ほんっと,顔だけは良いんだから。口には出さず思うだけ思っておく。初めてこの体位を試した時は,たどたどしく快楽と羞恥とに苦しみながらゆるゆると腰を落としていく桂がもどかしくて下から突き上げた。もうきっと10年以上前だ。
 今更そんな初々しさは求めてはいないけれども,体をしならせながら銀時を埋める桂はやはり相変わらず異常に具合が良かった。ただ彼の具合がいいのは体だけではなくて,声だとか表情だとかそういうものすべての波長が恐ろしいほど合った。離れようとして離れられないそういった相性は,きっとどうせ最後まで続くのだ。
「銀時」
 すべてを収めて一度息を吐いた桂は,そして銀時の名を呼んだ。
 なんだ,と確かめるように銀時は桂の顔を見る。
 やはりその髪の短さが落ち着かない。
「愛して,呉れ」
 答えずに銀時は腰を突き上げた。
 初めてなんかではない。腐れ縁と言ったほうが相応しい。
 それでも自分以外のものに彼を触れさせたくなどないのだ。
「お前を愛せるのは,俺以外ないんだろ」
 だからどうか救いを与えるのも自分だけであれば良い。
 桂はその答えを聞いているのか分からない。ただひたすら身をしならせてあえいだ。
 銀時はその首筋に手を回した。髪が伸びるまで,その白さを守ることができるのは自分だけだ。

***

明らかに致してますね。紅桜の後に無意味に貪りあう二人が見たい。きっともっとエロイはず。
08-07-08


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